2026-10-19
出張報告:ルーマニア ELI-NP (核融合研/総研大・瀬戸慧大)
2026年10月7日から18日にかけて、ルーマニアの首都ブカレスト近郊、マグレレにあるレーザー研究機関 Extreme Light Infrastructure – Nuclear Physics(ELI-NP)を訪問しました。今回の目的は、施設の整備状況を自分の目で確かめることと、将来の実験に向けた議論です。
私にとってELI-NPは、2014年7月から2022年4月まで現地職員として研究に従事した、思い入れの深い研究所でもあります。私がELI-NPを離れた当時、主力装置の一つである10ペタワット(PW)レーザーはすでに照射実験に使用され始めていました。一方、もう一つの主力装置である電子線形加速器(linac)は搬入が遅れており、本来それが設置されるべきaccelerator bayは、長らく空白状態でした。今回の訪問では、accelerator bayにフォトカソード、RF加速器モジュール、電子ビームの収束に用いる四重極電磁石、電子分光用の偏向電磁石などが搬入・設置されており、加速器施設としての整備が着実に進んでいる様子を確認できました。このlinacの主な目的は、加速した電子をレーザー光が蓄積された光共振器に通すことで高エネルギーガンマ線を生成し、そのガンマ線を光核物理実験に供することです。この光共振器の構築作業風景も見学させてもらえました。
- ELI-NP実験施設の前で、かつての同僚たちと
私がかつて所属していたOvidiu Tesileanu氏らの研究グループでは、linacからの電子ビームを10 PWレーザーの実験エリアまで輸送し、高強度レーザー場と電子との相互作用を利用した非線形量子電磁力学(QED)実験を実施する構想を進めています。レーザーによる電子加速を利用するのではなく、独立したlinacで加速された電子ビームと10 PW級レーザーパルスを組み合わせられる施設は、私の知る限りELI-NPのみであり、この実験環境は大きな魅力です。今回の滞在では、ELI-NP在籍中から同グループの研究者たちと準備を進めてきた、放射の反作用(radiation reaction)および非線形コンプトン散乱に関する実験計画についても議論しました。特に、現在の加速器・レーザー設備の整備状況を踏まえ、実験実施に向けた計画の見直しや調整について意見を交換しました。
マグレレという場所はルーマニア屈指の学園都市です。ELI-NPの現在の建物が完成するまでは、マグレレのシンボル的な施設であるInstitutul de Fizică Atomică(IFA)タワービルで仕事をしていました。写真で見えている側の2階に、私の机がありました。久しぶりに眺めると、なんとも懐かしい場所です。
- 旧職場のIFAタワー。2階の窓の辺りに机がありました
この写真では見切れていますが写真の左にはブカレスト大学の物理学科(Facultatea de Fizică, Universitatea din București)や国立物性物理学研究所(Institutul Național de Cercetare-Dezvoltare pentru Fizica Materialelor)が併設されており、IFAの奥側にはさらに国立レーザー・プラズマ放射線物理研究所(Institutul Național pentru Fizica Laserilor, Plasmei și Radiației)などもあります。
研究から離れて首都であるブカレストの話を。ブカレスト旧市街の入り口には、聖アントニウス教会があります。この一帯には、ドラキュラ伝説で知られるワラキア公ヴラドIII世が、オスマン帝国に抵抗するため砦を築いたと伝えられています。その約100年後、ミルチャ・チョバヌ公が宮廷礼拝堂としてこの教会を建立したそうで、ブカレストでも特に古い宗教施設の一つとされています。
ELI-NPに勤めていた頃、旧市街での飲み会の帰りには、たいてい少々酔っぱらいながらこの教会の横を歩いていました。あの何気ない帰り道も、実はずいぶん歴史のある場所だったわけです。
- 旧市街の聖アントニウス教会
研究所を離れてから約4年半。設備が少しずつ形になっていく様子を見られたことに加え、かつての仲間と再会して今後の実験を議論できたことも、今回の訪問の大きな収穫でした。
上記は最新の状況についての報告でしたが、もしELI-NP初期の雰囲気についてご興味をお持ちであれば、日本応用数理学会から依頼されて執筆した記事(応用物理, 2026 年 36 巻 2 号 p. 115-118)もオンラインで読めるようになっているので合わせてご覧ください。


